10 生命活動としての国土と自然科学地理風水の進め方

中国の伝統的な医学は、どれも気というエネルギーの存在を理論の根底に据ええており、古くは気の医学ともよばれていました。病気とは、人体の気の故障です。これを治すには、宇宙の気を鼻や口からたっぷり取り入れて五臓六腑に行きわたらせるか、あるいは自然界の動植物から採取した気を、体内に移植するのがもっとも効果的な治療です。広大無辺な宇宙が秘める無限のエネルギーを取り入れて、これらの力を借りる、気の威力で病気を治す医学なのです。古代中国の人々は自然界を観察して、人体の理を理解しました。宇宙は天と地に分かれ、天は陽、地は陰で、人間は天の陽と地の陰が結合して生まれました。したがって、人と宇宙は本来は一体なのです。これを天人合一といいます。ヒトは常に自然の変化にみずからの命のリズムを調整し、適応させながら生きてきたのです。それは天人合一の生き方であり、健康で長生きをするための生き方なのです。天人合一の理論によれば、人は自然と一体なのですから、宇宙の原理は、すべて人体にあてはまります。自然を大宇宙とよぶのに対して、人体は小宇宙とよび、人体には、自然界と同じように川が流れ、池が水をたたえ、風が吹き、火が灯っているのです。ですから、臓器などの器官から、細胞や分子や原子にいたるまで、それぞれが同じ宇宙の原理を共有しています。大宇宙も、人体を構成する小さな細胞も同じ法則によって機能しているのです。そして宇宙に存在するあらゆるもの、あらゆる現象はねお互いに対立する陰と陽に分かれている。これが陰陽の理念です。陰陽は互いに対立していますが、同時に依存しあう間柄でもあります。

気功は気を丹田を鍛え守るためのもので、宇宙のエネルギーをどんどん体の中に入れることが目的です。宇宙エネルギーとは太陽からの磁波や放射線であり、ヒトはそれによって元気になり、気功は体内の気の流れをスムーズにして気を調整し,心身の機能を高めて維持ををする効果があるのです。気は宇宙にも、大地にもあふれています。山や海や木木や、花や動物、水にも火にも宿っています。人体にも、気が血を動かし、五臓六腑を機能させ、体を温め、外敵から体を守ってくれているのです。自然界の気は水から生まれるものです。人体の中で腎と膀胱には水があり、この水は丹田の火によって加熱され、気となって太陽膀胱経といわれるもっとね太い経絡をとおして全身にいきわたる。丹田の気は全身の気の元であり、元気の元となります。病気とは気の故障むであり、気が病んだ状態を言います。 

 

10-1 自然科学地理風水の基本理念

日本では風水のイメージは良く超常現象みたいにとらえられることが多いのですが、では、そもそも風水って何なのでしょうか。風水は古代中国、漢の時代が発祥とされています。当時の漢は自然災害や、黄河の氾濫によって悩まされておりました。それを救ったのが風水なのです。風水とは吹く風と、流れる水を意味しますので、風の通り道、水の流れる場所、山や川の位置などが重要になります。これを古代中国からずっと研究してきており、これが今の風水となっているのです。自然災害に悩まされない良い環境を作るためにはどうすれば良いのか。それが発展の土台なのです。環境を考えるというのは、住みよい生活空間を作ることにも繋がります。その環境で私たちは日々の生活を送っているわけですから、その環境を考えることも大事なのです。

 

10-2 大自然・大地の道理

自然(地形・気候・土壌・水質・空気)を空間として、あらゆる生物がそこに住みつき、無機的自然と生物(動物・植物・微生物など)の織りなす世界を築いている。それを景観という。その景観の中に、ヒトも住む、住まわしてもらう。その景観への順応が第一の知のちからである。

景観の中でヒトは生活する。生活するということは、あらゆる生物と同じ空間の大気によって呼吸し、地球の自転にともなう二十四時間リズムに合わせて、活動と睡眠を繰り返すことである。その生活にあたって、昼夜の明暗による美しい景観があり、それらのダイナミックさとくつろぎの静けさは、ヒトビトに日々の安らぎと感動を与えることになる。ここまでは第一の知力の延長でもある。そして、きれいな水を得て、食物を生産・収穫し、それらを体内に摂取してエネルギーを作り出し、仕事をし、愛しあい、子を育て、子孫の繁栄を願う。また、暑さ寒さからからだを守るため、衣服を作る。くらしの便利さを得るため、日用道具や工具を作る。工具によって、住居や畑や道を作る。それらは自然を形成している物質を材料として作る。そのモノ作りによって、ヒトは快適さを得ることになるが、しかし、その材料を調達するために、自然は一部、破壊されることになる。このヒトの行為と自然との折り合いが第二の知のちからとなる。

ヒトは、世界を感知し、識別し、それを言葉にできる知能をもつ。言葉によってコミュニケーションを取り合う。世界を構成しているあらゆるものの名称、意思疎通、物語と論理、それに倫理まで、ヒトは言葉によってそれらを仲間に伝え、共有しようとする。そして、共感によって為しとげる。その中味は、話し手の観察力と洞察力、それに学習力と記憶力によって真実味を増すが、その語ることが共感を得るには、余程のからだの身ぶり手ぶりと言葉のひびきと話し手の表情と人格が必要だ。そこから世界の真理と本質が紡ぎだされる。その本質を共有することが第三の知のちからである。ヒトは、からだと個性をもち、その知覚と運動能力により行動する。そして、他と接触する。他とは、ヒト・モノ・コト・空間・社会・情報・自然などである。その関係の中で個人が生きる。生きて時を過ごす。この個体でもって、どう、他と接するのか、それが一人ひとりの所作となる。この所作のあり様には、個人のもつ精神が伴う。それが第四の知のちからである。以上、四つの""のちからの原型を根幹として、ヒトは生きてきた。この四つの知のちからの発揮によって、生活文化は生まれる。その文化は風土と伝統によって作られ、それに他地域に暮らすヒトビトの文化も加わり、変質もする。しかし、文化は文化が生まれるまでのその地での安定した生活の歴史的時間の持続があっての賜物である。そして、自然環境の持続も。住み場所の自然環境を失ってしまうと、風土が消える。風土がなければ文化は風化する。なぜなら、そこにはヒトに知のちからを与えてきた自然と共に生きるあらゆる生物の知のちからが存在しないから、それらとの連鎖によって培われてきたヒトの知のちからによって作りだされた文化は、その必然的な意味も居場所もなくしてしまう。風土という自然との共生があって、ヒトの知のちからは、地域独自の文化を熟成させることができるのだ。

空海の教えの根幹は"五智"である。あらゆる生き物の有するいのちの知のちからを五つ、挙げたものである。

 

10-3 自然を科学した地理風水の生き方

人類は有史以来、自然の風景に力を受けまた癒されてきた。古代の人々は山河には人体と同様に生命力が流れており、神が住まう聖なる場と考えていた。山や川そのものを神と崇めた日本人にとって、自然への旅は日常を超えた異界への旅だった。自然の気配を観じていくという観気の旅の中で、自己と自然との合一という旅の醍醐味を取り戻したい。太陽の光に浴し、風を感じ、水の流れに心を任せれば、日ごろのストレスや不満はしだいに癒されていき、生きる元気が蘇ってくるのである。自然の中で気功や風水の基本を手かがりにして大地の気配を察し、大自然の気を体験していくのである。聖地や山水の気を体で実感することだ。自己の体とその場の自然とが一つになり、大気や樹木からの放射エネルギーに包まれるような体験をして初めて、気を感じ取ることができるのです。そのためには、大自然や聖地において、山や岩や樹木に向かい、心を鏡のように開き、心体が自然の姿そのもののようになりきることだ。心を澄まして、自然からの声、気配を感じながら、ゆっくりと歩くことも良い。